みなさんこんにちは!
2025/8/20にyamaの新曲『doku』がリリースされました!
この曲は表現者として言葉を発信するも、否定され続けて人間不信へと陥ってしまった孤独な人間がその後どう立ち直っていくのかを描いた曲です。
今回はそんな『doku』の歌詞を一説ずつ区切り、考察していきたいと思います!
ぜひ、最後までご覧ください!
1.yama『doku』歌詞
毒にもクスリにもならないって
なんて答えればいいんだろう?
意味のない言葉の雨降って
僕だけがずぶぬれだ
くだらないって言われた声が
今もずっと耳にのこる
ねえ、あれは優しさですか?
ソレトモショリオチデスカ?
つまんないって切るなら
僕の全部も切ってしまいなよ
バランスとか空気とか
しらないよ、邪魔なだけだし
伝えたかった伝えたかった
ただそれだけなのに
この胸の火傷みたいな想い
でも言えばきっと誰かが
「めんどい」って笑うんでしょ?
だったらもう知らないや
知らないや 知らないや
この想い抱いたまま
期待なんてしないように
慣れるのもスキルでしょ?
誰かに頼ったりすれば
すぐ「重い」って言われるし
優しくされることにも裏があるって思ってた
でもそれってたぶん
信じたかった証拠なんだ
間違ってたのはどっちなんだろう?
でも意味ない
意味ない言い訳だったら
100通り見つかるんだけどね
壊したかった ただそれだけ
この胸の矛盾ごと全部
誰かと分けられるなら
この痛みも愛せたよ
だけどもう しらないや
みんななんて しらないや
もう誰にも言えないや
この声も聞こえないや
もしも全部コトバにしてたら
何かが変わってたかな?
でも見透かされるのが怖くて
逃げたのは僕だった
伝えたかった ほんとはね
この胸の火花ごと全部
誰かと歩く未来なら
傷だって悪くないよ
それでも今 ここにいる
一人でも ここにいる
伝えてもいいのかな
この想いを誰かに
2.yama『doku』歌詞考察
2-1.相手からの否定が自己否定として蝕む
毒にもクスリにもならないって
なんて答えればいいんだろう?
意味のない言葉の雨降って
僕だけがずぶぬれだ
くだらないって言われた声が
今もずっと耳にのこる
ねえ、あれは優しさですか?
ソレトモショリオチデスカ?
つまんないって切るなら
僕の全部も切ってしまいなよ
バランスとか空気とか
しらないよ、邪魔なだけだし
冒頭は「お前の言葉は何の役にも立たない(=毒にも薬にもならない)」と他人から突き放されるところから始まります。
相手が「つまらない」と投げかけた言葉の真意は優しさなのか?ただの見下した非難なのか?
自分の心を抉った言葉が頭の中で何度も繰り返されます。
そして、そもそも「つまらない」と思うならば最初から関わらなければいいし、わざわざ心無い言葉をかけてこなくていいじゃないかという呆れもこぼしています。
2-2.感情の吐露をも許されない
伝えたかった伝えたかった
ただそれだけなのに
この胸の火傷みたいな想い
でも言えばきっと誰かが
「めんどい」って笑うんでしょ?
だったらもう知らないや
知らないや 知らないや
この想い抱いたまま
自分の胸の中でくすぶる想いを言葉にしようと試みても、相手には「めんどくさい」「重い」「考えすぎだよ」という言葉で弾き返されてしまいます。
これは特にyamaのアーティストとしての立場に置き換えると、重みが変わってくるフレーズですよね。
どれだけ必死に伝えようとしても、壁にボールを投げつけているような無力感を感じてしまうから、主人公は伝えようとすることすら馬鹿馬鹿しく感じるようになってしまいます。
2-3.理想とはかけ離れた人に頼れない現実
期待なんてしないように
慣れるのもスキルでしょ?
誰かに頼ったりすれば
すぐ「重い」って言われるし
優しくされることにも裏があるって思ってた
でもそれってたぶん
信じたかった証拠なんだ
おそらく主人公が望んでいたのは、他人と自分がお互いに助け合って生きていける世界でした。
しかし、現実はどうでしょうか。
誰かに頼ろうとすれば「重い」「めんどくさい」と思われてしまうのが現実。
そんな世の中では優しくされたとしても「何か見返りを求めているのではないか」とか「損得で判断されているのではないか」など、相手の真意までを勘繰ってしまいます。
しかし、そのような疑いが疑いで止まっていたのは、根本では人を信じたいというという気持ちがあったからなのではないでしょうか?
2-4.孤独に耐え切れず
壊したかった ただそれだけ
この胸の矛盾ごと全部
誰かと分けられるなら
この痛みも愛せたよ
だけどもう しらないや
みんななんて しらないや
もう誰にも言えないや
この声も聞こえないや
「伝えたいけど(小馬鹿にされるから)伝えたくない」
「頼りたいけど(めんどくさがられるから)頼りたくない」
これらの矛盾を孤独に抱えた主人公は、その矛盾を共に分かち合える人を探しているようです。
しかし、今までの歌詞にもあるように、心の深くで通じ合える人間はなかなかいません。
そうした現実を前にすると、再び主人公は自暴自棄になってしまいます。
2-5.壁を作っていたのは自分だった
もしも全部コトバにしてたら
何かが変わってたかな?
でも見透かされるのが怖くて
逃げたのは僕だった
今まで出てきた人物のように、自分の想いを公にしたり、誰かに頼ることをよく思わない人がいるのはたしかでしょう。
しかし、みんながみんなそうというわけではありません。
「どうせみんなそうなんでしょ」と自暴自棄になって壁を作っていたのは自分でした。
「なぜ自分がそこまで他人と分かち合いたいのか」
「他人に執着するのか」
自分の奥にある歪んだ承認欲求のようなものを見透かされるのを恐れて、自ら塞ぎ込んでいたのです。
2-6.自ら壁を壊す
伝えたかった ほんとはね
この胸の火花ごと全部
誰かと歩く未来なら
傷だって悪くないよ
それでも今 ここにいる
一人でも ここにいる
伝えてもいいのかな
この想いを誰かに
最後のサビでは、自暴自棄になり他人との関わりを断つことをやめ、自分の中でくすぶっていた気持ち(火花)を素直に話してみることを決意します。
誰かと自分が負ってきた過去の傷を分かち合って生きていくためには、まずは自分の想いを素直に話すことが必要です。
そうして誰かに否定されようとも、いつかはきっと分かち合える誰かが現れる。
それだけを信じて、自己表現を続けていきます。
3.まとめ
yamaの新曲『doku』は、他人との関わり合いの中で否定され続けて人間不信になってしまった主人公が、どのように他人との繋がりを取り戻していくのかを表現した曲でした。
主人公は他人の否定から自分の身を守ろうと自ら塞ぎ込んだ結果、自分自身が孤独に苛まれました。
誰かに否定されたとしても塞ぎ込むのではなく「そういう人もいるけれど、わかってくれる人は必ずいる」という心持ちが大事ですね。